2006年04月19日

叱らないこととはどういうことか

人様のブログの記事でブレスト(笑)。

ひとつはnaokoさんのブログの記事で「叱らないしつけ」への疑問。
もうひとつはのいぱぱさんの日記で「動機付けのためのご褒美」はどうあるべきかの説明。

晴れ時々ケダモノ。の記事、「褒めること叱ること」

それ行け!ノイの記事、「究極のご褒美」

この二つの記事を読んで、改めて「叱らないしつけ」はどういう方法なのか自分のなかで消化してみましたところ(何故、いままでやっていなかったかというと面倒だったから(汗))、きっとこういうことなんじゃないかと思いました。

「叱らないしつけ」はしつけの方法論として、あくまでも犬にある行動の概念を教えるときに叱らないだけであって、実用運用中に何かが起きたときに「NO」をかけないこととは違うんじゃないでしょうか。

どうでしょうか?(弱)

私も知識不足でよく判ってはいないのですが「叱らないしつけ」にも古典(ダンバー式)から最新式までかなり方法論が異なるそうなので、どの方法をベースにしてディスカッションするかで賛否も変わると思われます。
posted by bay3 at 11:16| Comment(8) | TrackBack(2) | しつけ&犬知識 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たとえば、イスラム社会で豚肉を食べることはいけなく、ヒンズーでは牛を食べるのはダメ。

では、イスラム社会で豚を食べようとした人に、常に羊を与え続ければ、ヒトは豚を食べようとしなくなるか?

無い事には慣れても、それを食べる事がいけないとは「知らなかった」「食べる必要が無かったから食べなかった」という事になる。もし、間違って食べたとしても不思議は無い。しかし、そうすれば、結局罰を受ける事となる。

豚は不浄だとか、不浄なものを食べてはいけないとかの道理や宗教観や倫理を教えられ、初めて、豚を食べ「まい」とするようになる。

ヒンズーでは、牛は聖なるものと覚える(じいちゃんもばあちゃんもそう言うし、もし聖なるものをおかそうとすると「バチが当たるよ」なんて威される・・・かどうかは知らないけど)から、牛を食べようなどとは万が一にも思わない。

ある文化で育ったものは、自然に、その社会の「いけない事」を覚える。
もしかしたら、成長の速度は、それを覚える事ができる速さ・・・?

異文化圏へいく時は、その文化圏のタブーをお勉強しないと、時には命に関わる。

犬とヒトは異文化交流みたいなものだから(例え、生まれた時から人の社会で生きている犬であろうと)、いけない事はいけないと、嫌悪刺激であろうと、時にはと〜〜〜ても嫌な事であろうと、積極的に教えてあ造る方が、親切、人道的、と私は思います。

そのくらいのキャパは、犬は持っているように思う。

叱らない場合の弱点は、どうしてもそれ以外のことをやってもらっては命に関わるような事をやってはいけないと、徹底的に教えるのが、かなり難しい事じゃないかな・・・?人の方に、それだけの能力が無い事がほとんど。

人の社会は罰の手法の上に成り立っている。だから、ヒトは、罰無し/叱るという事無しの生活なんて、所詮はできないのじゃないかしら?人の方に、そのキャパが無い。

時間をかけて、犬が自分で考えるようにしむけて完成してもいいことと、そうじゃ無い事を見極めないと、車にひかれる犬やら、毒を食べる犬やら、他人を噛む犬やらが生産されてしまう。

犬を、ケージ、リードを使って、これ又徹底的に管理するのなら、叱らない/嫌悪刺激を与えない/NOといわないしつけも可能かも。

しかし、アジのスタートで待てない犬を叱ったり、教えていない事をやってくれないといって叱ったりは、、、、やらないように気をつけよう<私。

なんて、このコメント、長っ!!

Posted by kuro at 2006年04月19日 16:14
>kuroさん、
ををを。長いコメントをありがとうございます。
私はkuroさんがおっしゃっているところの
「教えていない事をやってくれないといって叱らない」
というのが叱らないしつけ法かと思っていますが、ちがうのかな?

NOは覚えてもらうと便利なのですが、便利すぎて使いすぎちゃう危険なコマンドですね。というか、使い過ぎなのは自分なんですが。
Posted by 九樂堂 at 2006年04月19日 16:33
>「教えていない事をやってくれないといって叱らない」
>というのが叱らないしつけ法かと思っています

私もそう思います。

でも、なにより、「叱る」をどう定義して議論が始まっているのか、、、ってこと自体が、どうもイマイチ曖昧なような気もします。それと、しつけってなんだ、、、ってことも。

言語の拾得と、社会にそった行動パターンの拾得とが、ごっちゃになっているような・・・。

誰か、そこんとこを、整理してくれないかなぁ〜。
Posted by kuro at 2006年04月20日 18:56
この手の議論で「叱る」の定義が曖昧であるというところは私も同感です。

叱るしつけにしても、褒めるしつけにしても、行動を制御するのに、NOというのかマテというのかの違いだけじゃないかという気もするのですが。
Posted by 九樂堂 at 2006年04月21日 08:30
えっと・・・
何となく疑問なのですが
「議論」って何処でされてるのでしょうか

ワタシの所ではないですよね〜☆

Posted by naoko at 2006年04月22日 23:07
>naokoさん、
いえいえ、一般的な話です。
「叱らないしつけ」の「叱る」は結構狭義なので、叱るべきかそうでないかの話をしたときに他の方針の人と噛み合わないことが多いのです。
例えば、「叱らないしつけ」でも罰はあるのです。そこらへん、そもそも習っている私もまだちゃんと理解してません。あーもう。誰かまとめて下さいよ。
Posted by 九樂堂 at 2006年04月23日 01:00
そうですか♪
もしかして勘違いさせてしまったのでは・・と心配してました☆


>他の方針の人と噛み合わないことが多いのです。

確かにそれはそのようです
理論としては色々なアプローチの仕方や
テクニックを知ることは大切だと思いますが気をつけないと形に囚われて何かと
頑なになってしまいそうですね(^_^;
同じ犬は二人と居ない訳ですし(o^^o)

出来れば、まず訓練の形ありきではなく
愛犬ありきから考えた方が結果として
犬を育てるのはスムーズかも知れません

エランちゃんにはエランちゃんだけのまとめがあると思います♪
呼び戻しは実のところ難しいことではなく
ほんの少しのコツではないかと思います。
きっとすぐですよ(^O^)

Posted by naoko at 2006年04月23日 05:17
>naokoさん、
犬それぞれというのはありますね。
エランは強烈にびびりなので、こみぞーがいままでの犬に行っていたしつけや友人の教えてくれたしつけ方法(わりと強権方法)ではまったくダメでした。
ビビリならビビリらしく飼い主の側にいて頂きたいものですが、犬に対してだけはビビリじゃないのが困り者です。

呼び戻しですが、「叱らないしつけ」でもうちのしつけ教室ではエラン以外の犬はすぐに完成しておりましたので、ほんとうに犬それぞれだと思います。

エランの犬中毒はなんなんだろうなあ?
おまけにヒツジ相手と同じようにまわっちゃうし、プロレスしてくれないし・・・。
Posted by 九樂堂 at 2006年04月23日 10:22
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叱らない
Excerpt: Elan the Dog へのTBです。コメントに書いちゃったので、重複、です。 たとえば、イスラム社会で豚肉を食べることはいけなく、ヒンズーでは牛を食べるのはダメ。 では、イスラム社..
Weblog: 犬と踊るBLOG
Tracked: 2006-04-19 17:21

ホクホクです
Excerpt: こんばんは 今日はお天気も良く少し暖かくて過ごしやすい・・・・と言えば聞こえは良
Weblog: 晴れ時々ケダモノ。
Tracked: 2006-04-20 03:54
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